シンガポール最強ナンパ師宣言。

自分時価総額を上げるライフスタイルを目指して

女性の価値 vs ナンパ師の価値観

最近、Julien Blancという白人ナンパ師が世界中で批判の対象になっている。
 

彼曰く、白人男性なら日本の女は鎮宝を擦り付けるだけで聖クスできるというものである。
これには僕も全く同感である。
俺が20代後半によく参加した国際交流パーティーでは彼のような白人男性が日本の女を簡単に狩っていた。また日本の女も白人男性に狩られようと必死になって蜜壺大バーゲンに参加していた。
嘘だと思うのなら、あなたもWhy Not Japan主催のイベントに参加すれば良い。
現実を目の当たりにしてくれ。
僕が好意を寄せる女性が、僕には全く興味を示さず、
白人男性と濃厚なキスをして、夜の街に消えていく。そんなもんです。

Julienの言動は本質を突いてる。それ故に批判される。
人類の歴史を振り返ると、女性というのは常にその価値の向上に努めてきた。
その涙ぐましい努力のおかげで、現代社会には下記のような価値観を持つ人さえいる。
- 女性には高価なプレゼントを与え、男性の愛の大きさを示す必要がある。
- デートは高級レストラン。費用は男性が全て負担。
- イスラム圏では女性は結婚するまで聖クスをしてはならない。
- 日本では妻が望めば夫は住宅を所有する必要がある。35年ローンでも。
- 女性の方が価値があるので春を売る値段は高くて当然。

一方で、Julien含めナンパ師にはそのような価値観は一切ない。
- 聖クスは無料。
- 一人の女に固執するのはバカ。女なんか道に転がっている。世界で35億個もある。
- 聖クスができるかわからない女には金は使えない。

この普通の人とナンパ師の価値観の溝は埋まることはない。
普通の人の価値観は社会学的な要素が強く含まれるのに対して、
ナンパ師の価値観は動物学的な要素が強く含まれるからだ。
そして、聖クスにおいては動物学的な要素が強いのが実情で、
オスライオンのように振る舞えば、出会ったその日に女性と無料で聖クスできることもある。
これが真実である。
しかし女性はこの真実が世間にバレると非常に都合が悪い。
人類が族外婚を始めたのは農耕が始められた8,000年前とされる。
農耕には集団での定住が必要になる。つまり村社会の始まりである。
村社会を発展し維持させる為には新生児と農作業が不可欠である。
そこで女性の聖クス男性の労働とのトレードが必要になったのだ。
男性は屈強で働きものであれば価値が上がった。
女性は若くて家庭的であれば価値が上がった。
尚、家庭的という意味には、夫以外の男性とはセクロスしないということも含まれる。
あなたの母親が阿婆擦れだったら家庭崩壊の危機である。
あなたの父親がヤリ鎮でも特に問題はない。

女性の価値向上への取り組みはその頃が起源だとすると、
  Julienのせいで8,000年間もの努力が水泡と帰すのである。

「女性は好きな男性としか聖クスしない」という社会的コンセンサス。
これこそが恋愛市場での女性の価値の担保になり、女性の取引価格ががどんどん高騰したのであった。
まさに恋愛革命である。

ところが昨今は世界的に経済環境が良くない。
昔は男性の豪快な非モテコミットで女性は何もしなくても食っていけた。
ところが今では女を武器にしたとしても、昔ほどの高収益は期待できなくなった。


日本では10年以上連続で平均給与が下がり続けている。
女性の貧困は社会的な問題にまで発展するなかで、
少子化、晩婚化と恋愛市場での婚姻の取引環境は悪化している。

それに追い打ちをかけるようにJulienが女性の価値の担保を各国市場で空売りして市況をブッ壊しにかかっているのである。
まるで恋愛市場のハゲタカファンドだ。
女性の損害は恋愛市場での価値の暴落で、それにより男性からのコミットを引き出せなくなる。
男性の損害はせっかく苦労して結婚した女性が、実はそこまで価値がなかったとなると評価損による特別損失を計上しなくてはならない。
そういうわけで世界各地の人々が結託しJulienを社会的に抹殺しようとするのである。

男性諸君はそのような蛮行に関与することなく、
ライオンの行動を学習して、ナンパしてたくさんの女性を貪り、
聖クスは無料だという真実を世界に証明してくれ!

この動画にもあるように、オスライオンは他のオスの子供を殺す。
自分の子供を殺されたメスライオンは、そのオスライオンに発情し、自分から股を開く。

これが動物の行動というもので、これがナンパ師の価値観だ。

生きとし生けるものに優劣など存在せず、全て等価値である。
その基準をゼロに設定するならば、道行く女性も男性も基本的にはValueless(無価値)。
当然ながら聖クスにはPrice Tag(値札)はない。
本来はValuelessの女性でも、なぜか大切にしたくなる。
なぜかずっと人生を共にしたいと思える女性が現れることがある。
その感情に良し悪しもなければ、多い少ないもない。
その数値化できない感情を愛と呼ぶのであれば、そう、愛だけがPriceless。

僕も愛を証明しようとおもう。
その時に僕は力の限り非モテコミットをすることになることでしょう。

知らんけど。